来世はあるかという質問がYahoo知恵袋にあった。
私はこう考えた。
まずは質問者の言葉を並べ替えて遊んでみた
来世は自分なのにどうして違う人とわかるんですか?
自分の来世なのに違う人ってどうしてわかるんですか?
自分とは違う人なのに来世はどうしてわかるんですか?
どうしてわかるんですか?来世は違う人なのに自分とは。
なるほど同じ単語を発しても語順で印象が全く変わるものだ。
全く持って難しい問題だ。
来世なんてない。
そんなものはない。
あるかもしれないが確認方法がない。
無かったときに備えて悔いのない人生を送りなさい。
来世があったらあったでその時になって考えたらいい。
明日のことは明日に任せよ。
人は今日を生きるのだ。
2014年3月18日火曜日
2014年3月14日金曜日
中二病病状経過その4
中二病病状は安定状態
地元の加古川図書館と加古川中央図書館では品ぞろえが違うなと実感。
数学の棚を見ても。
高校レベルから大学レベルまで階段状に本がそろっていて
自分のレベルにあった本を読めば何か段を上るように数学の勉強が進みそうな感じがする。
加古川図書館では断崖絶壁。
岩波の数学大辞典は分厚く本棚を埋めてそれだけで一角をなしているし。
箸にも棒にも引っかからないひどい一般向け書籍がその隙間にすくっている。
高校レベルから大学レベルの階段たりえる本がいたるところで断絶していて。
あの本を読めばこの本が読めそうだという感じが全くしない。
中央図書館は違う。
かなり充実している。
選書がうまい。
問題は私の知識へのアクセス手段。
私は子供時分は知恵遅れ。
中学高校時代は軽い認知症に似ていた。
青年期は前頭側頭葉認知症の症状が当てはまった。
なので中学以上の教育はほとんど受けてないも同然。
大人になって、情緒面が悪化した代わりに論理的思考力が回復してきた。
その後、勉強は本だけでしてきた。
痛感するのは本だけでは至る所限界があるということ。
本は高いし、実験や研究なんてものは一人では学べない。
授業や教育を前提に教育書というものは書かれていることが多いので、独学者を想定してなくて至る所端折られている。
図書館は私にとって知識へのアクセスを支える唯一の土台なのだが一番近所の図書館は私が知識を増やすのに不足、蔵書の質は私向きではなく量も足らない。
この感は否めない。
中央図書館で十分かといえばそうでもない。
やはり大学レベルの本などは手をとっても何の役に立つのか何が書いてあるのかさっぱりわからない本だらけだし、もしわかる本でも一般向けで中身を薄くして毒にも薬にもならぬことが多い。
というわけで私は勉強というものはどうやったらいいのか全く分からないのである。
図書館で、素数夜曲を見つける。
日本の教育現場では日当たりの悪い整数論。
独学者を想定して書いたというだけあって独学者が何に困難を感じるかよくわかってる感じである。
問題はまだ初めのほうしか読んでないので結局毒にも薬にもならない本なのか。
もしかしたら一人でも勉強ができる本なのか見分けがつかない。
前半はすこし内容が薄すぎる気はする。
地元の加古川図書館と加古川中央図書館では品ぞろえが違うなと実感。
数学の棚を見ても。
高校レベルから大学レベルまで階段状に本がそろっていて
自分のレベルにあった本を読めば何か段を上るように数学の勉強が進みそうな感じがする。
加古川図書館では断崖絶壁。
岩波の数学大辞典は分厚く本棚を埋めてそれだけで一角をなしているし。
箸にも棒にも引っかからないひどい一般向け書籍がその隙間にすくっている。
高校レベルから大学レベルの階段たりえる本がいたるところで断絶していて。
あの本を読めばこの本が読めそうだという感じが全くしない。
中央図書館は違う。
かなり充実している。
選書がうまい。
問題は私の知識へのアクセス手段。
私は子供時分は知恵遅れ。
中学高校時代は軽い認知症に似ていた。
青年期は前頭側頭葉認知症の症状が当てはまった。
なので中学以上の教育はほとんど受けてないも同然。
大人になって、情緒面が悪化した代わりに論理的思考力が回復してきた。
その後、勉強は本だけでしてきた。
痛感するのは本だけでは至る所限界があるということ。
本は高いし、実験や研究なんてものは一人では学べない。
授業や教育を前提に教育書というものは書かれていることが多いので、独学者を想定してなくて至る所端折られている。
図書館は私にとって知識へのアクセスを支える唯一の土台なのだが一番近所の図書館は私が知識を増やすのに不足、蔵書の質は私向きではなく量も足らない。
この感は否めない。
中央図書館で十分かといえばそうでもない。
やはり大学レベルの本などは手をとっても何の役に立つのか何が書いてあるのかさっぱりわからない本だらけだし、もしわかる本でも一般向けで中身を薄くして毒にも薬にもならぬことが多い。
というわけで私は勉強というものはどうやったらいいのか全く分からないのである。
図書館で、素数夜曲を見つける。
日本の教育現場では日当たりの悪い整数論。
独学者を想定して書いたというだけあって独学者が何に困難を感じるかよくわかってる感じである。
問題はまだ初めのほうしか読んでないので結局毒にも薬にもならない本なのか。
もしかしたら一人でも勉強ができる本なのか見分けがつかない。
前半はすこし内容が薄すぎる気はする。
2014年3月12日水曜日
中二病病状経過3日目
中二病心をくすぐられる作品
中二病病状 良好に悪化中
http://www.nicovideo.jp/watch/sm19347846
セルオートマトンによるライフゲームの楽しみを心底理解させてくれる動画。
ニコ動ユーザーによる野生のNHKという分類はだてではない。
https://www.youtube.com/watch?v=Hs9wLoxz03E
とにかく英語がわからなくても笑える作品。
人食いトマトと人類の壮絶wな戦いを描いた作品。
これで笑わなかったら人ではない。
問題はこんなくだらない作品が1時間以上あるって点位?
http://www.fknews-2ch.net/archives/33599818.html
半分は嘘で半分は本当の2ちゃんねらの生活レベルがわかる纏め記事
私のご近所の創価学会員さんは2ちゃんねらは全員負け組だと思ってるのでこの手の話は信じないだろうけど。
ちなみに私は2ちゃんねらも創価学会員もきらいだ。
どちらも知能障害に対する差別意識やいじめ意識や優越意識の高さが似ているから。
しかしわがブログながら今書いてて思うのだがすごいなこのブログ。
日々中二病ブログ閲覧数が2014/3/148時57分時点でブログ全体の閲覧者数0。
普通は変な検索で偶然訪れる人が一人はいそうなのにいまだ閲覧数0.
どうやって閲覧数をのばしたらいいのだろうか?
他で書いてる「どうでもいい雑記」ブログ
唯一合った閲覧数はアメリカとヨーロッパからの2件だけ。
2014年3月11日火曜日
中二病病状経過2日目
中二病病状経過
状態 良好に中二病へ向かって前進中
中二病から見た世界。
世の中には明るく楽しくを常に志向する人間と、穏やかにゆったり相手と相互理解したい人間がいる。
明るく楽しくというのはまことに結構なことで耳触りがよく聞こえるだろう。
問題は彼らの態度なのである。
楽しい以外の状態になったらいきなり烈火のごとく怒り、あいつはいけてないやつだとい仲間外れやいじめを始める。
つまり。
市民 私は幸福ですを周りの皆に強要してる。
彼らは楽しい以外の状態に対するストレス耐性が異常に低く思える。
楽しい以外の心理も人生経験と楽しめる、わびさびの精神が弱い。
それと楽しいというのも存外問題で、実は人間楽しいという感覚が長時間続くとそれがストレスや疲労になる。
またそういう盛り上げ役の隣にいると、楽しくても楽しくなくてもあわせなくてはいけない。
楽しいという感情に無理やり自分をあてはめて、無理やり自分の感情以外のものに長時間心理状態を摺り寄せるという恐ろしいストレス遊びにつきあってるわけである。
こんなことを書いたのは。
俺たちすげえ楽しいぜ、リア充だぜという男女4人組がマクドナルドで会話してて。
一見楽しそうに盛り上がってたのだが。
男性2人が立ち去った後、女性がいきなりムカッとしだして、あいつらに合わせるの疲れる。
などという趣旨のことをいったからである。
そういうことも世にはあるのだと思った次第。
もう少しきつい書き方をしてみよう。
明るく楽しい以外の心理状態や状況の趣を楽しめないという知能欠陥。
そういうものが明るく楽しく派にはあるのかもしれない。
明るく楽しくを常に強制する独裁者がいて、それから外れたら制裁を食らうとしよう。
そんなのは北朝鮮じみてるが、明るく楽しく人間はそういう独裁者に似ていることがある。
人間なんだから色々な心理状態をへて日々を過ごすのが普通だ。
それなのに明るく楽しくの心理状態に常にセットしそれ以外の心理にするなと彼らは圧力をかけてくる。
これはつらいしかなり不自然だ。
多様な心理状況を自然に移り変わるのが人間性というものだろう。
色々な状況や心理状態を楽しめる知能を持ってるということは大人にとってはたぶん重要なことのはずでこれを通過できないと大人にはなれない。
もちろん明るく楽しくへ状況を持っていけない根暗人間というのも知能欠陥なのだろう。
どちらも知能欠陥があるような感じがする。
結局バランスよく生きるのが一番に思える。
もう少しきつい書き方をしてみよう。
明るく楽しい以外の心理状態や状況の趣を楽しめないという知能欠陥。
そういうものが明るく楽しく派にはあるのかもしれない。
明るく楽しくを常に強制する独裁者がいて、それから外れたら制裁を食らうとしよう。
そんなのは北朝鮮じみてるが、明るく楽しく人間はそういう独裁者に似ていることがある。
人間なんだから色々な心理状態をへて日々を過ごすのが普通だ。
それなのに明るく楽しくの心理状態に常にセットしそれ以外の心理にするなと彼らは圧力をかけてくる。
これはつらいしかなり不自然だ。
多様な心理状況を自然に移り変わるのが人間性というものだろう。
色々な状況や心理状態を楽しめる知能を持ってるということは大人にとってはたぶん重要なことのはずでこれを通過できないと大人にはなれない。
もちろん明るく楽しくへ状況を持っていけない根暗人間というのも知能欠陥なのだろう。
どちらも知能欠陥があるような感じがする。
結局バランスよく生きるのが一番に思える。
中二病病状経過その1
このブログは中二病病状経過を日々克明に記録するブログです。
今日の中二病病状記録
分類 書きかけの創作物
大カテドラルへとはるか高みの空から光が降り注いでいた
そこは虚次元空間にあるカテドラル。
尖塔にの上に尖塔が重なり回廊は尖塔を取り巻きつなぎ無限の高さにまで届いている。
カテドラルの無数にある窓へ光という光が虚空の空から差し込んでいる。
空の永遠の相の元雲が固定されている。
光はカテドラルに近づくと虹色のシャボンと変じて床や壁や屋根に当たっては虹色の放射となって消えてる。
シャボンはゆらゆら揺れながら、紫や青やカテドラルの灰褐色を映し出しては割れて光となって蒸発する。
この空間では光はよりエネルギーに近い姿を確認できる。
カテドラルの尖塔には太古の戦いで争った天使や悪魔たちが石の彫像となって尖塔のそこかしこに形をとどめていた。
天使は鎧や剣を手に持ち、悪魔は槍を片手に爬虫類の鱗と蝙蝠の翼を背に永遠の相の元互いに相対していた。
上を見上げると陽光は無限のかなたから降り注ぎ永遠の青空が続ている。
一人の僧侶が大カテドラルの中を歩いていた。
彼の専門は神学で無限に広がる大カテドラルの中に拠点を構えている。
世に全く知られてない神学者グループの一員で、この虚数空間の存在に気づきグループで組織的にカテドラルを調査しているのだ。
拠点には最低限のものが置かれている。
調査結果の記録のための機械式のタイプライターにマッチ。
この空間と地球を往還するための手順を記した古文書の写し。
カテドラル探索のための水袋や乾燥食料、カテドラルが夜の時間になった時のための暖房用の石炭とストーブ。
昼には天使の一群がカテドラルのアーチ屋根の下を飛びどこかからどこかへ向かうさまを見ることができる。
彼らの機嫌がよければ、なぜ無限のかなた。
はるか未来に存在するこの空間で悪魔と天使の戦争が起きたのか。
それはどの様な戦いだったのか。
人類は未来においてどの様な歴史をたどったのか。
そのような話を聞くことができた。
カテドラルの夜は天使たちが姿をひそめ悪魔たちが徘徊する時間になる。
その時はカテドラルの片隅に確保した狭い部屋に閉じこもり扉を決してあけてはならない。
今日の中二病病状記録
分類 書きかけの創作物
大カテドラルへとはるか高みの空から光が降り注いでいた
そこは虚次元空間にあるカテドラル。
尖塔にの上に尖塔が重なり回廊は尖塔を取り巻きつなぎ無限の高さにまで届いている。
カテドラルの無数にある窓へ光という光が虚空の空から差し込んでいる。
空の永遠の相の元雲が固定されている。
光はカテドラルに近づくと虹色のシャボンと変じて床や壁や屋根に当たっては虹色の放射となって消えてる。
シャボンはゆらゆら揺れながら、紫や青やカテドラルの灰褐色を映し出しては割れて光となって蒸発する。
この空間では光はよりエネルギーに近い姿を確認できる。
カテドラルの尖塔には太古の戦いで争った天使や悪魔たちが石の彫像となって尖塔のそこかしこに形をとどめていた。
天使は鎧や剣を手に持ち、悪魔は槍を片手に爬虫類の鱗と蝙蝠の翼を背に永遠の相の元互いに相対していた。
上を見上げると陽光は無限のかなたから降り注ぎ永遠の青空が続ている。
一人の僧侶が大カテドラルの中を歩いていた。
彼の専門は神学で無限に広がる大カテドラルの中に拠点を構えている。
世に全く知られてない神学者グループの一員で、この虚数空間の存在に気づきグループで組織的にカテドラルを調査しているのだ。
拠点には最低限のものが置かれている。
調査結果の記録のための機械式のタイプライターにマッチ。
この空間と地球を往還するための手順を記した古文書の写し。
カテドラル探索のための水袋や乾燥食料、カテドラルが夜の時間になった時のための暖房用の石炭とストーブ。
昼には天使の一群がカテドラルのアーチ屋根の下を飛びどこかからどこかへ向かうさまを見ることができる。
彼らの機嫌がよければ、なぜ無限のかなた。
はるか未来に存在するこの空間で悪魔と天使の戦争が起きたのか。
それはどの様な戦いだったのか。
人類は未来においてどの様な歴史をたどったのか。
そのような話を聞くことができた。
カテドラルの夜は天使たちが姿をひそめ悪魔たちが徘徊する時間になる。
その時はカテドラルの片隅に確保した狭い部屋に閉じこもり扉を決してあけてはならない。
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